介護の力
病院には病気を治す(治療)という目的があります。
そのため、認知症の方の多くは、点滴を抜くからとミトンを付けられたり、徘徊を理由に手足を縛られたり、オムツをされて一日ベッドに寝かされる、ということがままあります。その結果、肺炎は治ったけれど、認知症が進み、寝たきりになった ということもしばしば聞きます。 → 寝たきりになると、フレイル(加齢による機能低下)になる可能性が高くなります。
私達には、介護の力がある!
施設は生活の場です。
朝、起床して、洗顔し、更衣をしてもらいます。
口からお食事を召し上がってもらい、可能な限りトイレで用をすませてもらいます。
日中も身体が許せば、リビングで過ごしてもらいます。体操をしたり、歌を歌ったり、みなさんとお話をして過ごして頂きます。施設では、お一人お一人の生活のリズムをつくることで、生活の質を高め、穏やかで健康的な生活をして頂きます。それが、私達介護職員の仕事であり、介護の力だと思っています。施設での生活は、ベッドに寝て一日中、天井を見ている生活とは異なります。
もちろん、病気になった場合、速やかに病院で治療を受けることは当然です。でも、できるだけ早く元の生活に戻して差し上げることが高齢者にとっては、その後の生活に大きく影響されます。
「なぜ」と問い続けることが介護力
なぜ、食べてもらえないのかなぁ? 嫌いな食べ物? 体調不良? 便秘? …
なぜ、動き回われれるのかなぁ? 家に帰りたい? トイレ? 便秘? …
なぜ、ムセられるのかなぁ? 食事形態が合わない? 食べ方? 嚥下機能? …
なぜ、寝られないのかなぁ? 便秘? 不安? 昼夜逆転? 悩み事? …
なぜ、大きな声を出すのかなぁ? 何か伝えたい? 不安? 苦しい? …
私達は、「なぜ」について、スタッフみんなで考えることが介護の力につながると考えています。
★事例紹介
昨年12月、ご自宅からグループホームにご入居されたAさんのお話しです。当時Aさんは、夜間帯に幻視や幻覚の症状があり、家族だけでは介護ができないとグループホームへの入居にいたりました。
入所当初のAさんは、
私はこんなところに居たくない。家に帰りたいと仰り、ご家族の面会をしきりに求め、電話で家族の声を聞かせてほしいと訴えられていました(それは今までご自宅で過ごされていたのだから当然だと思います)。
ある日、ご本人から、「職員から暴力を振るわれた」とご家族に訴えがありました。ご家族も心配され、馴染の職員にそっと相談されるなど、私達職員もどのように受け止めるべきか悩みながらの対応でした。(実際には、そのような暴力の事実はなく、本人から「こんなひどいところだから、早く帰りたい」との帰宅願望からの発言だったのではと思われます)。
ご本人は、向精神薬を服用されており、ふらつきも激しく、歩行は難しい状況(転倒の可能性)でした。
入居初日の夜は、ベッド上で便失禁がありました。男性の夜勤者が発見し、入浴と更衣を促しましたが、非常に強く拒否されました(男性に触れられるのもイヤ、男性に入浴介助されるのもイヤというご本人の気持ちも理解できます)。ただ、放置することはできませんので、翌朝、複数の女性職員が入浴と更衣をさせて頂きました。
その後も、落ち着きのない日が続きました。便秘と下痢を繰り返されるので、トイレには頻回に行こうとされます。しかし、ふらつきも激しく、さりとて男性職員には触れられるのもイヤといった介護拒否もあり、なかなかリビングにも出てきてもらえず部屋に閉じこもったきりでした。施設としても困難なケースでした。
もし、安易な方法を選んだら、もっと強い薬を飲まされ、便失禁を理由に、つなぎ服を着せられ、オムツ対応。その結果、寝たきりということになっていたかもしれません。
私達も試行錯誤の連続でした。女性職員が主にケアに当りましたが、夜勤者をすべて女性職員にするわけにはいきません。
Aさんの夜間せん妄や、うつ状態、ふらつき、介護拒否などの事態に、ある時、管理者が「なぜ、Aさんは、夜間せん妄、うつ状態、ふらつき、介護拒否があるのかなぁ、もしかしたら排泄のコントロールがうまくいっていないのでは」と。
そこで、これまで、たくさんの下剤を処方されていたAさんですが、医師と相談し、マグミット錠を朝・昼・夜と1錠づつにし、便秘のときだけマッグミット錠を増量するという処方に変えて頂きました。
また、頻回にトイレに行こうとされるAさんですが、ふらつきが激しいため、歩くことも困難でした。そこで医師と相談し、以前から、夜間せん妄で服用されていた向精神薬をストップしてもらいました。
そうすると、Aさんのふらつきがなくなり、さらには状況判断がしっかりとできるようになりました。その結果介護拒否も少なくなりました。
それでも高齢のため、転倒のリスクはあります。
そこで居室の横隣にあるトイレまでスムーズに行けるように、部屋の中に「手すり」を設置しました。これでベッドから部屋の手すりを伝い、トイレの手すりまでスムーズな導線が確保できました。もちろん今でも転倒のリスクはありますが、お一人で部屋の隣のトイレまで行けるようになりました。
さらに、昨年、入居者の皆様で結成した「コーラスグループみちのり」にAさんも参加していただき、皆さんと一緒に歌を歌っていただきました。
3月には、吹田サンクスホールでコーラスの発表会が行われ、大勢の前でAさんも熱唱。ご家族も大感動のご様子でした。
決して自慢げに言うわけではありません。うまくいくケースばかりではありません。
しかし、Aさんの事例、これは介護の力だと思います。
<参考>週刊東洋経済2018.5